ようやく当ネットショップにも供物入れが並ぶことになりました。すごく捜していたんです、このコンパクトなミニセット。
そちらの説明文にも書かせて頂いておりますが、「神札はある。神棚も揃えた。次は何?」
と問われればわたしは迷わず、『供物入れ』をお勧めしております。理由は簡単で、神様への感謝と畏敬を顕す行為として。もうひとつの理由はもっと簡単です。「その方がそうしたいと願っているから」ですね。
語弊はあるやも知れませんが、『神様を大切にしたい』。
一度お受けされた方は皆、そう感じている方が多いと思います。なのでその方は神棚を買い求める。おおげさにされたくない方はかみしろを購入して頂いております。ただそれだけでは申し訳ない。次に感謝の心を顕すものとして、昔ながらの伝統でもある米・塩・水・酒・榊です。
「絶対に揃えなければいけないのか?」
いぇ、そうではありません。これは人に対しても同じですよね?大切にしたい人の事を考え、喜んで頂く・安心して頂く為に心を尽くす。それはこちらの想いの顕れであり、結果を求める必要もない。ですから、そこに”絶対”という言葉は存在しないのです。
”想い” だけで終わるのか、”行動” まで移すのか。
それは個人の自由。お供えさせて頂いたので神様が喜んだか、ちょっとさぼって水玉の水が枯れていたので神様が怒っていらっしゃるのか、神様はそれで褒めて下さったり怒ったりされない方だと店主は勝手に想像しております。ただそこにあるのは、大切なものを大切にしたいというこちら側だけの”心”のみ。私たちの感謝と畏敬の念。そこに答えは必要ないと感じています。
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